九州のひなまつり・八女の箱雛
2010 / 02 / 03 ( Wed ) 八女の箱雛です。
![]() 幕末から明治にかけて、地方にもひな人形が広まり、田舎雛が作られたそうです。八女では仏壇屋が箱雛を作ったということです。 八女は仏壇とか提灯作りが盛んですね。 ひな人形や羽子板の製造も多いですよ。 ![]() |
九州のひなまつり・柳川のさげもん
2010 / 02 / 02 ( Tue ) 柳川のひなまつりは「さげもん」が有名です。
![]() 古布・端切れで作った小物や鞠をたくさん吊り下げます。 小物は鶴・兎・宝袋・這っている赤ちゃん・金魚などなど… 可愛いですね。 ![]() ![]() ![]() 3月から4月3日まで「柳川雛祭り・さげもんめぐり」をやっています。町のあちこちでさげもんを見られますよ。ドンコ舟の川下りと一緒に楽しむといいですね。ヒゲカズも?年前に行ったのでした。 |
九州のひなまつり
2010 / 02 / 02 ( Tue ) 太宰府の九州国立博物館に行ったんですよ。
エントランスで「九州のひなまつり」展示をやっていました。 ![]() これは大分県日田のひな人形かな。江戸時代にお金持ちの商人が京都や大坂に行って豪華なひな人形を買ってきたそうです。 ![]() 100年以上前のでしょうか。立派なつくりです。 「天領日田のおひなまつり」は2月15日〜3月31日まで。 今も残る旧家におひな様が飾られます。 |
もうすぐ節分・櫛田神社
2010 / 02 / 01 ( Mon ) |
肥薩線・矢岳越え
2008 / 11 / 10 ( Mon ) 今度は矢岳第一トンネルです。
![]() トンネルの入口に扁額が取り付けられています。 「引重致遠」(重きを引きいて遠くへ致す)の文字があります。 矢岳トンネルを作ったときの鉄道院総裁・後藤新平の筆によるものです。 上の写真は車内モニターに映った額です。 ![]() トンネルの出口(人吉方面)には「天険若夷」(天険 夷のごとし)の扁額があります。 こちらは逓信大臣だった山縣伊三郎の書です。この人は山縣有朋の養子ですね。 私が乗っている列車「いさぶろう・しんぺい」は、この二人の名前から付けられたのです。 こういう山の中を列車で行くと、明治時代によくこんな所に鉄道を通したなあ、と感銘を受けます。 実は、肥薩線は始めは鹿児島本線だったのです。門司を出発して鹿児島に行く路線は、九州の山中を通りました。 わざわざ大変な所を通したのは、海岸沿いに鉄道を作ると海から敵の攻撃を受けるから、だそうです。確か、北九州のほうも、当初は海岸沿いでなく筑豊本線が幹線だったと聞きました。 肥薩線(当時は鹿児島本線)が全通したのは1909年、日露戦争から間もない頃です。中国大陸に近い九州に鉄道を通す時、そういうことも考えないといけなかった時代なんですね。 明治政府には薩摩・長州出身者が多かったから、下関や鹿児島が外国軍に攻撃された記憶がある人もいたでしょう。 その後戦争の主力が飛行機に変わり、海沿いでも山のほうでもあまり関係なくなりましたが。 1927年、海沿い(川内を通る)ルートが完成して鹿児島本線となり、山の路線は肥薩線と名前を変え、ローカル線になりました。 |













